通勤寮から仕事に通うワタルには、生活への自信がありました。食事や洗濯、掃除など、家事なら一通りこなせるし、仕事もうまくいってるし、仲間とも仲良くできるし、やりたいことはなんでもできるんだから、すぐにでもアパート生活が可能だと思っていました。

 そんなある日、通勤寮の先輩であるヨシオが出勤途中で突然姿を消しました。みんなで一生懸命捜したのですが、消息がしれません。事件や事故にまきこまれたのかもしれないと警察にも届け出たのですが、やっぱり見つからないのです。ワタルは初めて寮の外の世界に不安を抱きました。ところが2ヵ月ほどたった頃、ヨシオがふらりと帰ってきたのです。聞けば、よその土地で働いていたのだとか。ワタルの自信も再びよみがえり、僕も自活したいという思いがふくらみました。

 そこで、ワタルと弟のタケシとヨシオの3人で、通勤寮を出て自活ハウスで生活してみることになりました。少しずつ暮らしにも慣れ、アパート暮らしも大丈夫かなと思いはじめた頃、再びヨシオがいなくなったのです。今度は3ヵ月ほど帰ってきませんでした。その間、ワタルはまた不安におそわれましたが、元気に帰ってきたヨシオを見ると、うらやましい思いでいっぱいです。あそこへ行った、こんなこともしたと、ヨシオが自慢話をするからです。

 ヨシオが仲間に心配をかけるし、いたずらにワタルたちの気持ちをあおることにもなるので、通勤寮の職員たちもこのままではまずいと考えはじめました。ワタルの強い希望もあって、自活ハウスでの3人の生活をやめ、ようやくワタルとタケシの2人でアパート暮らしをすることになったのです。

 はじめてみたらたいへんなことばかり。家賃の支払い、毎日の食事、隣人とのつきあい、いつもそばに仲間のいない寂しさ…あげればキリのないほど、つらくてきびしいことがいっぱいでした。通勤寮や自活ハウスで十分に訓練していなかったら、やり通せないことばかり。何も知らなかったからあんなに自信があったんだろうと、今は思います。
でも、そんな生活にもようやく慣れて、ワタルには新しい夢も生まれています。それは、結婚して自分家の族を持ち、一つ屋根の下で暮らすこと、こんな目標を持てるようになるまでにはいろいろなことがあったし、少し時間もかかったけれど、ワタルは今、明日に向けて一歩ずつ着実に前進しつつあります。
 

桑の実の熟すとき