「行ってきます」バスを降りるとき、いつもサオリは車掌さんにそう言います。「行ってらっしゃい、今日もおいしいお弁当を作ってね」車掌さんもそう答えます。その声を聞くと、なんだかとても元気が出ます。

 幼いころに両親と離れ離れになり、家庭の味を知らずに育ったサオリは、中学1年生のときに岩崎学園にやってきました。しっかり者で明るい性格のサオリは学園生活になじむのも早く、じきにみんなとうちとけて、ここがすっかりわが家になったかのようでした。まもなく学校を卒業し、就職することになったのですが、おりしも学園に通勤寮ができる時で、彼女はその最初の入寮生となったのです。

 通勤寮から就職先のお弁当屋さんまでは、路線バスで通うことになりました。職場には寮の仲間も何人かいたので心強く、生活も仕事も順調でした。初めは少し不安に感じていたバス通勤にもすっかり慣れて、そのうちバスの車掌さんとも自然な会話ができるようになったのです。最近ではあいさつだけでなく、個人的な話もするようになりました。でも話ができるのは短い通勤時間の間だけ。ちょっぴりもの足りない気分です。そんなある日、車掌さんが「今度の休みに寮に遊びに行ってもいいかな?」と聞きました。「ぜひ来てね」と答えたものの、心はドキドキです。当日、彼が学園長の和子と寮長の良紀に「サオリさんと交際させてください」と申し出た時には、サオリ自身もびっくりしてしまいました。

 こうして二人のおつきあいがはじまりました。映画を見にいったり、買い物や食事に出かけたりして2年間ほどデートを重ね、ついに結婚が決まりました。親替わりの和子と良紀が仲人でした。

 今、サオリ夫婦は3人の子どもに恵まれて、忙しいけど充実した毎日を送っています。時おり一家そろって遊びに来ては、おしゃべりに花を咲かせたり、子育ての相談をしていきます。学園はサオリにとってまさに実家なのです。

 通勤バスで芽生えたロマンチックな恋のおはなし。今後はどこでどんな恋が生まれるんでしょうね。
 

お母さんのおにぎり