「おやカズオ、またおまえか・・・」鉄道公安官の忠男は、線路にうずくまっていた子どもをつかまえて、ため息をつきました。カズオは身寄りのない子どもで、無賃乗車をしたりホームで寝たりしている常連の一人です。児童相談所にまかせても同じことのくりかえし。この子たちを引き取って教育する施設がないからです。カズオのように知的障害のある子も多く、なんとかならないものかと心を悩ます毎日でした。
 
 それならいっそ、私が障害を持つ子どもたちのための施設をつくろう−忠男がそう決心したのは昭和27年のこと。荒れほうだいの桑畑とはいえ、土地もありました。子どもたちといっしょに、ここをもっと生き生きとした素晴らしい場所につくり変えよう・・・妻の和子はこの考えに賛成してくれました。こうして翌28年、桑畑の真ん中に「岩崎学園」が誕生したのです。国鉄マンを続けながら運営につとめる忠男と、子どもたちと寝食をともにする和子・・・夫婦二人三脚の日々がはじまりました。

 ある日カズオが腹痛をうったえました。大工さんの話から壁土を食べたことがわかったのですが、「なぜあんなものを食べたの?おなかがすいてたの?」と聞いても、カズオはうなだれて「食べれるかなあと思って・・・」と言うばかり。二度と変なものを食べないようにと約束をさせて、それからしばらくの間は何事もなくすぎました。

 「先生、カズオちゃんがひどく苦しそうです!」保母さんの一人が血相を変えて和子を呼びにきたのは、壁土事件の何か月もあとのこと。見るとおなかがカエルのようにふくれあがっています。急いで病院に連れていきましたが、かなり危険な状態でした。カズオはうわごとをつぶやきます。「先生ごめんね。ぼく、約束したのにどうしてもがまんできなくて食べちゃった。もうしないからゆるしてね」・・・そんなカズオが愛しくて、和子はあふれる涙をとめることができませんでした。

 このときカズオが食べたのは田んぼの稲でした。水やお茶を飲んだために、おなかの中で膨張したのです。医者の話によると、カズオは異常食癖のある子どもなのだとか。育った環境の苛酷さや知的障害など、さまざまな条件によってもたらされたこの食癖も、年を重ねるごとにだんだんと消えていきました。

 そのカズオもついに学園を巣立ち、今では他市の食品問屋で働いています。つい先日、今度の正月には帰るという手紙が届いたばかり。「カズオにも里帰りする家ができたんだね」と、忠男と和子は微笑みを交します。荒れた桑畑にまいた種が、今ついに赤く実ったんだなあと、二人はしみじみ感じています。

※このものがたりは、昭和37年12月にニッポン放送で放送されたラジオドラマ「桑の実の熟すとき」をもとにしています。(鉄道弘済会提供、 出演・・佐野周二、中山千夏ら)
 

農繁期のたのもしい助っ人