静岡鉄道管理局につとめる松下さんは、日曜日に園に帰って子供と遊ぶのが一番楽しいという
 
自分の子と同じように学園の子がかわいいという奥さん
 
園長である奥さんと力を合わせて、子供たちと一緒にプール作り
 
松下さんのお宅を改良した岩崎学園、現在63名の子供が元気に毎日を送っている
 
「からすの鳴かない日はあっても夜尿のない日はない」と、“夜尿日記”に書いてあった
 
 
 鉄道公安官と浮浪児
 

 東海道線豊橋駅から東へ7キロ、弓張山脈の西のふもとに、国鉄マンとその奥さんが経営する精薄児施設・岩崎学園がある。

 園長は奥さんで、現在静岡鉄道管理局の営業係長をしている松下忠男さん(44)がここの理事長である。松下さんは戦後初めて鉄道公安官が出来てから昭和29年まで、豊橋で公安官をつとめた。

 当時は浮浪児がうようよしていて、腰掛けの下にかくれている浮浪児を保護して取り調べることが多かった。しかし鉄道公安官の立場では、せいぜい児童相談所へ引き渡すだけが精一杯の仕事だった。そして脱走してはまたつかまるというくりかえしだった。なかでも賢い子は割につかまらず、知能指数の低い子がつかまる率が多かった。

 松下さんはこれでは駄目だ。そして特にちえおくれの子のためには特別の施設が必要だと痛感した。施設のないことをなげく児童相談所の所長の話をきいたり、精薄の施設を見たりしているうちに、松下さんは昭和26年の暮、自宅の4むねと山林を提供して、ちえおくれの子のための施設を作ろうと決心し、そして奥さんにも相談した。先祖伝来の家や山林を売っては申し訳ないと反対する親せきや感化院を作るんじゃないかという近所の反対もあったが、医者で精薄関係の仕事をしている奥さんの弟さんの協力も得て、昭和28年の3月に、ここの土地の名をとった岩崎学園が誕生した。そして松下さんは、この施設から豊橋の公安分室へかよった。

 
 ボーナスは園児のために
 

 創立当時は苦難の道で、異常食癖の子がいたり、子供たちの毎日毎日の夜尿になやまされたり、夜中に泣きたくなって奥さんとやめようといいあったこともあった。あまり体の強くない松下さんが過労でたおれたこともあった。しかし病気でたおれた松下さんの枕もとに「どうした、どうした」と聞きにくる子供や、自分のオヤツを持って来る子供、そしてわからないながら手ぬぐいでひやしてくれる子供たちにはげまされ、仕事をつづけた。

 現在男子41名と女子22名の子供たちが、市内とはいえ、あたり一面畑のめぐまれた環境で元気にくらしている。静岡の局へつとめるようになってから、松下さんは土曜日にこの施設へ帰って来て、月曜日の朝帰るのであるが、日曜日に子供と遊ぶのが一番たのしいそうだ。ボーナスをもらっても、ほとんど園の子供たちのために使ってしまう松下さんである。自分の子供がぎせいになるのがつらいとこぼしたこともあった奥さんは、今ではもう立派な園長さんである。

 
 将来は成人寮も
 

 「始めのころは、人にものずきといわれたり、親せきが久しく法事にこなかったり、つらいこともありましたが、酒もタバコもやらない主人に、これはおれの趣味だといわれ、そしてこれが人さまに喜ばれることなら仕方がないと思いました」とひかえ目に話される奥さんのそばには、園の子供たちがくっついてはなれない。

 昨年は7人の子が、この学園を出て近郊に就職していった。現在までに就職した子は20名いるそうである。安城のミソ屋さんに就職した子の評判がよくて、あとはうばいあいになるほどのこともあったそうだ。この子たちは、正月や祭りの日には、必ずとまりがけで学園に遊びにくる。松下さん夫妻の長年の努力も、みのりつつある。

 松下さんに抱負をうかがったら「最近では、もうすっかり家内にまかせっきりです。しかし就職出来ない子もいますので、今後18才以上の子のための成人寮を併設して、本格的な職業補導をしたいと思っております」と語っておられた。
 


明るいまち No.44 1962年(昭和37年)2月1日発行
編 集:鉄道弘済会・厚生省・全国社会福祉協議会
発 行:鉄道弘済会広報部

 
※文章中に不適切な用語や表現もありますが、
歴史的資料として原文のまま掲載いたしました。